ビールの苦味のもとになっているホップには、「苦味酸」と呼ばれる成分が含まれています。近年、このホップ由来の苦味酸を摂取することで、記憶や注意といった認知機能にプラスの変化が見られた可能性を示す研究報告が出てきています。
Improving Effects of Hop-Derived Bitter Acids in Beer on Cognitive Functions: A New Strategy for Vagus Nerve Stimulation
(PubMed Central掲載論文)
この論文で興味深いのは、脳を直接刺激するというよりも、内臓と脳をつなぐ「迷走神経」を介して影響が起こりうる、という考え方です。動物実験では、ホップ由来成分を与えたマウスで記憶課題の成績が良くなった報告があり、その働きに迷走神経が関わっている可能性が示唆されています。
ただし、ここで扱うのは「ビールを飲めば認知機能が上がる」という話ではありません。研究の中心は、アルコールではなくホップ由来成分そのものの摂取にあります。人を対象にした試験も紹介されていますが、現時点では研究の数は限られており、仕組みもまだ整理の途中です。
この記事では、この論文で整理されている研究結果をもとに、ホップ由来の苦味酸が認知機能に与える影響について、どんな可能性が示されているのかをわかりやすく解説します。
研究の概要
今回取り上げる論文は、ビールに含まれるホップ由来の苦味成分のうち、主に「イソα酸(IAAs)」と「熟成ホップ苦味酸(MHBAs)」に注目し、これまでに報告されてきた研究結果をまとめて整理した総説です。どんな成分が、どのような経路で認知機能に関わりうるのかを、動物実験と人を対象にした試験報告の両方を踏まえて解説しています。
特徴的なのは、脳だけを切り取って考えるのではなく、腸などの体の側から「迷走神経」を介して脳の働きに影響が及ぶ可能性を軸に整理している点です。論文では、迷走神経を介した刺激が、脳内の情報伝達(ノルアドレナリンやアセチルコリンなど)と関係し、記憶や注意に関わる働きにつながるかもしれない、という流れが示されています。
また、人を対象にした報告としては、45〜64歳の健康な成人を対象に、熟成ホップ苦味酸(MHBAs)を12週間摂取した試験が紹介されており、言葉をスムーズに出す力や注意・実行機能に関わる検査で、プラス方向の変化が報告されています。一方で、その仕組みはまだ十分に解明されておらず、今後の研究が必要だとも述べられています。
動物実験では「記憶」が良くなる方向の変化が報告されている
論文でまず紹介されているのは、ホップ由来の苦味成分(熟成ホップ苦味酸:MHBAs)をマウスに与えると、迷路のような課題で「直前にどちらへ進んだか」を覚えておく力や、見慣れない物体を見分けるような課題での成績が良くなったという報告です。さらにMHBAsの中の代表的な成分の一部でも、同様に成績が良くなる方向の変化が見られたことが示されています。
加えて重要なのは、なぜそうなるのかを探る過程で、迷走神経が関わっていそうだと示唆されている点です。具体的には、作用に関係しうる経路を薬で弱めると効果が小さくなったり、迷走神経を切る操作を行うと、記憶課題で見られていたプラスの変化が弱まったりしたことが報告されています。つまり、ホップ由来成分が体の側から迷走神経を介して働き、結果として記憶に関わる働きに影響した可能性がある、という整理です。
12週間の摂取で、言葉の出やすさや注意力に変化が見られた可能性
この論文では、ホップ由来の苦味酸(MHBAs)を人が継続してとったときに、認知機能にどんな変化が出るかを調べた試験も紹介されています。対象は45〜64歳の健康な成人60人で、自分の認知機能の低下を自覚している人たちでした。参加者は2つのグループに分けられ、MHBAsを12週間とるグループと、成分を含まないものをとるグループで比較されています。
結果として差が出たのは、いわゆる「言葉の出やすさ」をみるテストと、注意力や切り替えの力をみるテストです。言葉のテストは6週目の時点で、試験開始前からの伸びがMHBAsのグループで大きかったと報告されています。また、注意力や切り替えの力を見るテストも、12週目にMHBAsのグループで試験開始前からの改善幅が大きかったとされています。
さらに、主観的な疲労感や緊張・不安の指標でも、12週間の摂取後に良い方向の変化がみられたと書かれています。
誰にでも同じ変化が起きると断言できるタイプの結果ではない点には留意が必要ですが、ホップ由来の成分が、人の認知の一部に関わる可能性を示したデータとしては有用といえるでしょう。
ホップ由来成分の可能性を知ったうえで、ビールは「適量」で。
この論文が述べているのは、「ビールを飲んだら認知機能が上がる」という単純な話ではありません。研究の多くは、ビールそのものではなく、ホップ由来の苦味酸(IAAsやMHBAs)という成分を用いて検討されています。
一方で著者らは、過去の報告にもとづき「適切な量のビールで、有効量に近い成分摂取につながりうる」という見積もりも示しています。
目安として、イソα酸(IAAs)では0.13〜1.3L、熟成ホップ苦味酸(MHBAs)では0.17〜1.8L程度が有効量に届きうる範囲(これは成分量の概算であり、ビールの種類や製法によって含有量が変わるうえ、飲酒量として推奨するための数字ではない点に注意してください)として挙げられており、これらの成分はビールを含むアルコール飲料の認知症予防効果に寄与する可能性がある、と述べられています。
さらに、ホップを多く使って造られる特定タイプのビールのほうが、より有益かもしれないという期待にも触れています。
ただし、ここで忘れてはいけないのは、だからといって「ビールは飲めば飲むほど良い」ということにはならない点です。過度の飲酒には害があることを前提に、あくまでも「適量」を心掛けましょう。
論文の導入でも、認知機能との関係は「軽度〜中等度の飲酒」に限って語られており、目安として男性は1日2杯まで、女性は1日1杯までと示されています。
適量の範囲でビールを楽しむときに、こうした視点を頭の片隅に置いておくと、また味わいや感じ方が変わるかもしれません。











